最近では、本当に色々なスポーツでイメージトレーニングが効果的に活用されていると思いますが、わたしが現役時代にどのようにイメージトレーニングを行っていたのか、またそれがどのくらい効果があったのかについて、少しお話してみたいと思います。
国内戦の年間レースシリーズは、基本的に月1回のペースで開催されることが多いのですが、日本国中に点在しているサーキットを巡業する形になるので、ドライバーはおよそ2週間単位で次の開催サーキットのマシンセッティングやテスト走行のため移動をしていくことになります。
同じサーキットでも、季節によってさまざまな状況が大きく変化することがあるため、マシンのセッティングはそのつど、自分のコンディションの状況、開催当日の天候なども予想しながら、慎重に行います。
その間に、ドライバーは基本的なウェイトトレーニング、基礎体力を上げるトレーニングなどを契約したトレーニングジムで行い、試合当日に向けてコンディションを整えていきます。わたしは、当時まだそれほどメジャーではなかった『カーボローディング』という、たんぱく質と炭水化物の摂取量をコントロールする食事法も取り入れていたため、食事、基礎体力トレーニング、マシンセッティングとテスト走行という3本柱で、試合の開催スケジュールに合わせて調整を行っていました。
そして、レースウィークに入り、マシンのセッティングも決まって予選前のテスト走行が始まる頃になって、毎日の基礎体力トレーニング、食事法、テスト走行で組み立ててきたイメージの総仕上げのため『イメージトレーニング』を行っていました。
具体的に言うと、予選やレース当日の試合運びを予想できる限りのパターンでシュミレーションしながら、どのような状況でも自分の積み上げてきた努力が最大限生かせるような形で対応できるように、頭の中で映像化したイメージで事前リハーサルをするような感じです。
たとえば、天気で言うならば、晴天、曇り、雨と大きく3種類のパターンが考えられますが、その中でも、風向きはどうか、気圧はどうか、雨ならばどの程度の降りなのか、気温はどのくらいかなど、本当にさまざまな状況が考えられるわけです。
そのような予想しうる限りの状況において、いったい何が起こるのかを具体的に予想して対策を立て、その感覚をイメージしておくのと、その場で初めてその状況に遭遇するのでは、それこそ精神的な負担は雲泥の差があるように思います。
どのような状況からでも、そのときの自分にとって最大限に良い状況に持ち込むためには、なるべく良いイメージを描いて、それを何度も繰り返し自分の感覚に覚えこませることが、とても有効だと思います。
次回にレースが開催されるサーキットのコースのベストラインを、あらゆる天候や条件下であっても気持ち良く走行することができている様子を、ドライバーシートから見える景色、聞こえる音、漂う匂い、振動として伝わる皮膚感覚など、五感を総動員しながらイメージしながら、イメージ上のそのコースをラップ(1周)してみます。
そのとき、手にはストップウォッチを持って、スタートラインから1周の周回タイムを計測します。イメージが正確に描けている時には、最初、イメージ上の1周のラップタイムは、自分の過去のレコードタイムとほぼ同タイムになります。そこから、同じ1周のラップでも、スタートラインから1コーナーまで、1コーナーから第2コーナーまでと区間を区切ってタイムを計測していくのです。
それぞれの区間で、とても良い走りをイメージできた時には、当然の事ながらイメージの区間タイムも上がっているのですが、それが実現不可能なタイムではなく、過去の自分の区間タイムよりも、可能な範囲内でタイムアップできていて、さらにそのベストの区間タイムの走りのイメージを繋げて、1周でタイムアップできるようになるまで、イメージ上の周回を重ねていきます。
そして最終的に、過去の自分のそのサーキットのレコードタイムよりも0.5~1秒ほど速いタイムになるまで、何度も何度もイメージトレーニングを重ねていきます。その時、自分はマシンの動きをどのように感じるのか、景色はどのように見え、空気をどのように感じ、G(荷重)をどのように感じるのかを、丁寧に自分の身体と感覚に叩き込んでいきます。
そこまでのイメージが本当に完成すると、自然と自分の中に達成感や喜びがわきあがってくるものです。巷によくある成功本に出てくるような、根拠のない作り物の感覚ではなく、この感覚は本当にリアルです。このように実際に脳のレベルでは現実と区別が出来なくなるほど緻密に、繰り返し行うイメージトレーニングは、実際の試合の前に何度もリハーサルを行うのと同じような効果があるので、やはり良い結果に繋がることが多かったように思います。
わたしの場合、特に効果が高かったのは、スタート(8台ごぼう抜きなんて試合もあったほど、『スタートの女王』でした!)と、雨の日の走り、それから自分の目の前で他のマシンがスピンしたり、クラッシュした時などです。そういう時には、頭で考えていては当然対処できないわけで、考えるよりも前にアクションを起こさなければなりません。イメージトレーニングによって、そういう場合の走りもシュミレートできていたからこそ対応できた・・・という場面も結構ありました。
もちろん、レース本番では予想もつかない出来事が起こるのは当然としても、イメージトレーニングで作り上げたベストの走りは、レース中に何かの不調が起こったとき、ペースを乱して自滅してしまわないように、自分を立て直す時にもとても有効な一種の『経験』として自分の中に蓄積されていました。この『経験』があったからこそ、予想もできなかった出来事にも対応でき、逆境になればなるほどそれを逆手にとって、ある程度の結果を残せたのではないかと思っています。
『運も実力のうち』とよく言いますが、その運を引き寄せるためには、やはり目標に到達しようとする強い意志と、弛まぬ努力、そしてイメージの力がとても大切なのです。
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レーシングドライバーのイメージトレーニング法